水の話(2)薬の水と純度
生薬の古典、中国の「本草綱目」あるいは、わが国、江戸時代の本格的本草書、貝原益軒の「大和本草」をみると、冒頭にいろいろの水が出てきます。やはり、水は単純でなく、医薬用に使うにはそれぞれ特徴があって、それを活かしていたようです。
今回は、医薬用の水とその純度に的を絞ります。
1.本草書に出てくる水
「本草綱目」(明:李時珍、1596年刊)といえば、中国の本格的本草書で、わが国の江戸時代の医療界に大きな影響を与え、また貝原益軒の「大和本草」(1709年刊)の元本にもなっております。
「本草綱目」には1900点の生薬が収載されており、その冒頭に雨水に始まり、全部で43種の水が並んでいます。
貝原益軒の「大和本草」は「本草綱目」ほどではなく、水、熱湯、湯、浴湯、温泉、火井、雹、苦潮、などで、ほかに石脳油などが出ております。
一方、江戸時代の食物について述べている、人見必大の「本朝食鑑」(1695年刊)では次のような水があがっております。食物の本ですから、いずれも飲料水が大部分ですが、医薬用も取り上げています。
露水、臘雪水、夏氷、流水、井泉水、山巌泉水(山中の石の間を走る水)、節気水(季節変わり目の水で、たとえば元日の水は井華水、若水などという)、醴泉(湧き水で甘みのある水。れいせん)温湯(温泉の湯)など。
薬を服用するとき、江戸時代のことですが、雪解け水を、当時は臘雪水といって、特に薬を煎じる際に使用を薦める場合がありました。雪解け水は、同じ水でも活性化されており、水分子の固まりの構造が異なり、薬物の溶出に効果があるのではないかという説があります。
2.局方の水
化学を学んできた人は多分、蒸留水の味をご存知でしょう。蒸留水は「味気ない」の代名詞かのごとくで、これを美味しいと言って飲んだ人はまずいないでしょう。しかし、蒸留水も今では名前が局方から姿を消して、精製水に代わっております。精製水は常水を蒸留、イオン交換、超ろ過、またはこれらの組み合わせで精製した水と定義されておりますので、蒸留水がまったくなくなったわけではなく、精製水の一種に含まれております。
11局までは注射用に用いる水は蒸留水に限られ「注射用蒸留水」という名称でしたが、蒸留法で「注射用蒸留水」を作るには多大のエネルギーを要するため、省エネの立場から別の方法、すなわち高分子膜ろ過法に切り替わり、名称も「注射用水」となりました。
精製水の原料には常水を使うと局方では規定しております。常水は水道水、もしく井水が指定されております。一方、精製水よりも、さらに純度を上げてゆくと、滅菌精製水、注射用水があります。
参考までに、蒸発残留物の項目を見てみると、次のような数字が出ております。
常水 精製水・滅菌精製水・注射用水
500mg/l以下 10mg/l以下
3.美味しい水
蒸留水・精製水が不味いのは混ざり物が少なく、純だからです。前号にてミネラルウオーターを取り上げましたが、ミネラルウオーターが美味しいのはほどほどに混ざり物があるからです。
環境庁の名水100選のリストをみても、それぞれミネラルが含まれ、硬度は1.6から
264まであり、またPhも幅があり、やや酸性よりです。蒸発残渣は30~200mg/lあります。一般で言う名水というのは茶の湯や醸造用に使う水に言いますが、飲用だけではなく、生活用水から健康に良い水、さらには信仰対象になっている霊水も含まれる場合もあります。しかし、入浴や洗顔に名水をという話はあまり出てきません。
最近は、天然名水と市販名水、人工名水などに大きく分けられて、名水も種類が増えてきました。環境庁の名水はもちろん、次のように天然名水だけが対象になっております。
天然名水 天然の湧き水 水質的に良好な美味しい水
井戸水、沢水 古くから言い伝えのある地域密着の生活用水
かつての厚生省の「美味しい水研究会」(1985.4.25)による美味しい水の条件は次のとおりです。
<水質項目><美味しい水の要件>
蒸発残留物 30-200mg/l
硬度 10-100mg/l
遊離炭酸 3-30mg/l
過マンガン酸
カリウム消費量 3mg/l以下
臭気度 3以下
残留塩素 0.4mg/l以下
水温 最高20度
このように美味しい水にはミネラルなど有益な成分が適量に含まれております。これらの有益な成分を含まないのが蒸留水です。
酒の醸造に用いられる水は各地の名水が選ばれて、この「美味しい水」に該当するものが使われております。
<参考文献>
久保田昌治、水のはなし、日刊工業新聞、(2004)女子栄養大学栄養科学研究所編、水と健康、女子栄養大学出版部(1997)
台十三改正日本薬局方解説、広川書店(1996)