ミカン学入門
お正月の果物といえば、まずミカンが浮かんできます。ミカンの美味しい季節です。
正月の注連縄、鏡餅にもダイダイ(ミカン)は欠かせません。
そして寒い冬の夜、暖かい湯につかるとミカン風呂がからだを温めてくれます。
今月は冬の果物の王者、ミカンのあれこれをご紹介いたします。
1.ミカンの仲間
柑橘類(かんきつ)とはミカン科のミカン属、カラタチ属およびキンカン属の総称です。
日本で栽培されている柑橘類は25種以上あります。生産量の順にあげれば、温州(うんしゅう=中国の地名)ミカン、夏みかん、八朔(はっさく、8月1日が収穫時期だから)、伊予カン、ポンカン、ブンタン、柚子、カポス、すだちなどです。
輸入が主流の柑橘類にはオレンジ、グレープフルーツ、シトロン、レモン、ライム、ベルガモットなどがあります。
2.日本のミカン 産地と銘柄
柑橘類は、品種によっては日本原産もありますが、ほとんどが日本にはなく中国から渡来したものであるといわれております。文献に出てくる日本最古の柑橘類はタチバナ、ダイダイで、卑弥呼(3世紀)のころです。
現在、私たちの日ごろ見ている、いわゆるミカン、主としてウンシュウミカンは比較的歴史は浅く、室町から江戸時代初期に広まり始めております。ウンシュウミカンの暮らしへの普及は明治以降であると言う人もいます。
わが国で産出する代表的な柑橘類をいくつかご紹介しましょう。
<ウンシュウミカン>
今日の日本産代表的柑橘類といえばウンシュウミカンです。ウンシュウミカンは約500年前に鹿児島県で発見されて明治以降に果実の大きい種類が本州、四国の暖地に広まりました。江戸時代までは、これとは別に紀州ミカンが再重要種でした。ウンシュウミカンは皮は簡単にむけ、果肉は甘く、種もなく食べやすいミカンです。しかし、1970年ごろから、生産過剰で価格が落ちたため、生産量第一位ではあるものの、栽培面積は減りました。
<ナツミカン>
初夏の果物として、爽快な味で親しまれております。元禄年間に山口県長門市の海岸に漂着した果実の種から生まれました。甘夏はナツミカンの突然変異で現在はナツミカンの大部分がこの種です。熊本県、愛媛県で栽培されております。
<タチバナ>
日本原産と言われている柑橘類の一つです。もっぱら観賞用で、古くから宮中の神聖な木として尊ばれ、文化勲章のデザインにも使われております。
<イヨカン>
1886年ごろ山口県で発見されましたが、愛媛県で栽培され普及したため、イヨカンの名がつきました。芳香があり、ほどよい甘酸っぱさもあって生産量は多く、ウンシュウミカンに次いでおります。
<その他の柑橘類>
八朔(ハッサク)広島県で発見、カポスは大分県特産、スダチは徳島県特産、サンポウカン和歌山県主産地 などがあります。
3.世界のミカン
あらゆる果物の中で、世界で最も生産量の多いのが柑橘類です。
国別ではブラジルが1位で、2位はアメリカです。そのあと、スペイン、イタリア、イスラエル、メキシコ、日本、インドと続きます。ミカンは アジアを原産地としてインド、東南アジア、中国、台湾、フィリピン、マレー諸島、メラネシア諸島などに産出します。しかし、わが国の輸入柑橘類、オレンジ、グレープフルーツ、レモンとみかん科の範囲を広げてゆけば、産地は世界中に拡がってゆきます。アメリカの柑橘類は沢山わが国に入ってきておりますが、歴史的にはアメリカのミカン産出は欧州に比べるとかなり遅いようです。
4.ミカンの仲間と生薬
生薬の原典「神農本草経」に掲載されているミカンは橘柚(キツユウ)と枳実(キジツ)の二つのみです。橘柚は別名橘皮(キッピ)であり、新しい橘柚は副作用があるので、嫌われ、収穫後1年以上を経た陳橘皮が好んで使われてきました。これが、今日の陳皮(チンピ)であるといわれております。
新訂原色牧野和漢薬草大図鑑(2002)によると、ミカンはどれもこれも、生薬になり、チンピ、キジツ、キコクのいずれかになるかのごとくです。しかし、実際に現在流通している陳皮(チンピ)はウンシュウミカンであり、そのほかのミカンを使うことはありえないでしょう。それは生産量が全然違うからです。キジツはダイダイまたはナツミカンの未熟果実を使います。トウヒはダイダイです。
なお、延寿湯温泉の成分の一つであるカンピはcitrus属の果皮で、かつては局方に収載されていましたが、現在は局方から除外され、市場にもないためウンシュウミカン Citrus unshiu Marcovが使われております。
ダイダイ:Citrus auratium L. var. daidai Makino インドヒマラヤ原産
果皮 トウヒ橙皮、未熟果実 キジツ 枳殻
ユズ :Citrus junos Sieb. Ex Miq
中国原産 未熟果実 キジツ 枳殻
ナツミカン:Citrus natudaidai Hayata
日本原産 未熟果実キジツ、果皮 枳殻、夏皮
ポンカン :Ctrus reticulata インド北部原産
成熟果皮 チンピ、未熟果皮青皮セイヒ
ウンシュウミカン: Citrus unshiu Marcov. 中国から渡来、日本で改良された
果皮 チンピ 、青皮 セイヒ、未熟果実 キジツ キコク
キンカン:Fortunella japonica Swingle var margarita
中国中南部原産 果実金橘
カラタチ:Poncirus trifoliate Rafin.
中国に分布 未熟果実 キジツ キコク
5.お正月の鏡餅や、注連飾りになぜダイダイ(ミカン)が使われるのか
注連縄(しめなわ)というのはもともと神聖な場所であることを示すために張るものであって、これを正月用の注連飾り(しめかざり)としてお祝いのためにダイダイやイセエビを飾るようになったのは近世、江戸時代以降といわれております。江戸時代の書物にはダイダイを使うことが出てきます。
正月は、土地の神様や祖先の霊をお招きして、新しい年の出発を祝い、1年の豊穣を願う行事がおこなわれます。従って、各家庭では神聖な場所を設けて、注連縄を張り、併せて祝いの場を設定いたします。鏡餅は御神体である鏡に似せた形にてお供えします。
ここではともにダイダイが供えられます。ダイダイが正月に使われるのは一つには「代代」という言葉からきており、これは子孫繁栄を意味しております。正月の料理に「数の子」や「昆布」、「田作り」などもそれぞれ似たような縁起に結びつく解釈がされております。「ダイダイ」も「代代」と読み替えていただきます。これが、もっとも有力な説です。
次に、正月には豊穣を祝う意味で山海の珍味を供えるということもあります。この場合ですと、ダイダイだけでなく柑橘類ならばなんでもいいかということになるでしょう。
6.ミカン風呂はなぜからだが温まるか。
チンピ(ウンシュウミカン)の成分は精油α-リモネンが大部分で、ほかにフラボノイド配糖体ヘスペリジン、ほかにシネフリン、ペクチン、クエン酸などです。チンピの精油成分およびはヘスペリジンには強い血管拡張作用があり、一方では、血管を収縮して血流を緩やかにする作用もあります。この相反する作用が皮膚の温度上昇に少なからず影響しているものと思われます。また、ヘスペリジンには毛細血管強化作用があります。
一般に精油成分は入浴後に皮膚表面に膜を張り、熱の放散を防ぐので湯冷めしにくいといいます。
7.ミカン好きはガンを防げるか
ミカンの成分で目下、話題を集めているのがβ-クリプトキサンチンです。先日の朝日新聞(2004.12.14)に取り上げられました。ミカンの黄色い成分の主体がこのβ-クリプトキサンチンで、カロテノイドという色素成分の一つです。この成分はガンの予防に効果があるという報告があるそうです。
ミカンを沢山食べると、ガン、循環器病の予防に役立つといいます。β-クリプトキサンチンは摂取し過ぎると良くないのですが、ミカンで食べる分には摂取し過ぎは先ず心配ありませんので、お正月どうぞ十分ミカンを召し上がってください。
8.美味しいミカンは小さいほう、SかSSがいい
ミカンには大きいほうからL、M、SさらにSSと小さくなり、表示しております。
専門家の話では、樹木でなっているときは下向きになっているのが美味で、味はSかSSに限るそうです。美味しいミカンを選ぶときには、下向き果実の枝は細いから、へたの切口は小さいこと、皮の色の濃いもの、形は扁平なものにしてください。
どうぞ、試してみてください。
<参考文献>
1.岸本修編:日本のくだものと風土、古今書院、1992
2.宮田登:正月のハレの日の民俗学、大和書房、1997
3.日本風俗史学会編:日本風俗史事典、弘文堂、1979
4.小林章:文化と果物、養賢堂、1990
5.高木敬次郎:漢方薬理学、南山堂、1997」
6.北村四郎:北村四郎選集、本草の植物、保育社、1985