大航海時代の幕を開けた チョウジ

 スパイス・香料の元祖がチョウジなのです。今でこそ、アロマ、スパイスは何百、何千と名を連ねておりますが、香料として取引された歴史的にもっとも古いのがチョウジであるといわれております。

 スパイス・香料は16世紀以前のヨーロッパでは金と同等の価値をもっていました。この香りを求めてヨーロッパの冒険的商人は困難を冒してはるばる太平洋の島々まで出かけてきました。16、17世紀にはスパイス戦争という言葉があるぐらい、チョウジの争奪戦は激しいものでした。

 ヨーロッパの船が、チョウジを求めてインドネシアまできてチョウジを持ち帰ったのは1512年のことですが、中国はじめアジア地域へは地の利もあって、前3世紀には到来していたという記事があります。チョウジは唐の時代にはかなり普及していましたが、薬の世界ではなく香料としての利用でした。東洋にもたらされたのは比較的古く、紀元前、漢の時代に中国に来ております。わが国には奈良時代といわれております。

 チョウジは医薬品というよりも食品・香辛料のほうが主役で、日本では大部分が香料で、300トン前後が輸入され、そのうち250トンが香料、医薬品は50トンぐらいです。ウイキョウの伝来が薬の原料であったのに、チョウジの場合は逆に香料として日本にやってきました。

1.紳士・淑女の身嗜み、チョウジを噛んで人前に出る

 江戸時代の日記、元禄時代(1700年ごろ)ですが、高貴な女性は丁子壷(ちょうじつぼ)というのを持っていて、暮らし中でチョウジの香りを楽しんでいました。

 漢の時代、皇帝の前に出るとき廷臣は、口臭を消す目的でチョウジを噛んだという記録があるそうです。今で言えば口臭防止剤でしょう。中国では口臭を消す目的では、ほかにビンロウジを噛むことも古来行われておりました。しかし、ビンロウジはどちらかといえば、チュウインガムのように嗜好品として使われておりました。2000年も前の話です。

 体臭を消して快い気分を味わうために、花を材料にした香水が古くから使われ、それこそクレオパトラの時代から香水は話題豊富ですが、口臭防止というところにチョウジの出番があるようです。それは次に述べる防腐効果にかかわります。

2.防腐作用と芳香作用

 中世ヨーロッパで、スパイス戦争といわれるほど、チョウジ争奪合戦を展開した、一つの理由は防腐剤として肉類の保存に使うためでした。肉食民族は年中、肉を確保するのは大変なことで、とりわけアルプス以北では、冬場に家畜のえさを十分に用意することが出来ません。そのために冬直前に大量の家畜を屠殺して肉にするのですが、塩蔵以外に適切な保存法がなく、みすみす腐敗させていました。

 美味しく、しかも年中肉を食卓に並べるために、チョウジ、コショウ、ニクズクを使う防腐方法が見出され、日常、行われるようになりました。なかでも、チョウジの防腐効果と食欲を刺激する効果は絶大であり、美食家の王侯貴族はチョウジ獲得に拍車をかけました。料理の保存にチョウジを使い始めたのは元来は中世以前、ローマ帝国の時代で、ローマ人が最初といいわれております。ただし、ローマ人は室内芳香剤としての利用もあったそうです。

 肉の保存とは目的がいささか異なりますが、わが国では奈良時代、正倉院において古文書、衣服の保存にチョウジを匂い袋に入れて、防虫・防腐に用いていたといいます。

3.薬の世界では胃腸薬、殺菌剤の原料

 チョウジは英語名クローブ(clove)といい、ふともも科の植物で、蕾みを使います。ふともも科というと、馴染みの植物ではバンジロウ(グアバ)、ユーカリなどで、それぞれ香りに関連があります。

 第十四改正日本薬局方にはチョウジもビンロウジも収載されており、ニクズクは日本薬局方外生薬規格1989にあって、いずれも現在では重要な医薬原料になっております。

 チョウジは漢方処方に組まれておりますが、今日では芳香性健胃薬での使用が一番多く、いわゆる健胃散に配合されております。また、賦香剤としても配合されることがあります。

 チョウジ油はチョウジを水蒸気蒸留した油分ですが、これは口腔内殺菌剤として使われたり、虫歯の麻酔・鎮痛剤に滴剤として利用されます。また、一般薬の催眠鎮静剤に配合している例もあります。

 チョウジの抗菌、抗真菌作用は主要成分であるオイゲノールに著名であり、たとえば大腸菌、サルモネラ、カンジダ・アルビカンスなどの試験管内増殖阻止作用が報告されております。チョウジの有効成分は精油が15~20%で、そのなかでオイゲノールが半分を占めております。  チョウジは入浴剤延寿湯温泉の生薬成分の一つです。その役割は、芳香作用のほかに、抗菌作用が皮膚の清浄化に働くことにあります。

4.チョウジの産地

 現在のチョウジの主要産地は南アフリカのザンジバル、マダガスカルで入浴剤延寿湯温泉もこの産地のチョウジを使っております。冒頭に述べました中世のスパイス戦争の場所はインドネシアのモルッカ群島です。インドネシアはかつての世界最大のチョウジ産地でしたが、皮肉な事に現在は最大の輸入国にかわり、自国のチョウジたばこにチョウジを使っております。

<参考文献>

牧野和漢薬草大図鑑、北隆館(2002)
第十四改正日本薬局方解説書、広川書店(2001)
内林政夫:生薬薬用植物語源集成、杏雨書屋(2004)
上野洋三注:松蔭日記、岩波文庫(2004)