バブルの話

 景気の話となると、とたんにバブルという文字が目につきます。たとえば、日経新聞では「東京株式市場でバブル期をしのぐ大商いが続いている・・・・」(日経05.9.22)とあり、それがこのところ、紙面の2箇所、3箇所に出てきます。この分野で使われるバブルという用語は不景気時期をいうのに使われます。すなわち、最近では、バブル期というのは1980年代後半をいいますが、バブル頂点あるいはバブル最盛期というのは1989年末で、それ以降1990年始めにバブル崩壊の時を迎えます。

 話題が経済記事に向いてしまいましたが、経済の分野では、バブルを「実体のない見せかけだけのもの」(広辞苑)のという意味で使っております。

 ところが、本通信では、本物のバブル、泡(bubble)を話題にしたいのです。石鹸の泡あるいはシャボン玉を頭に描いてください。

 身体や、洗濯物をきれいに洗うとき、すなわち洗浄の際には泡の役割を欠かす事は出来ませんが、泡はそれ以外にも、私たちの暮らし、産業界で重要な役目を担っております。

1.なぜ洗浄に泡が必要なのか。

 汚れのついた衣類、皮膚が水の中にあるとします。そこに洗剤・石鹸液を入れると、洗剤の溶液は水の表面張力を下げますので、洗剤の分子は汚れを取り囲み、水から引き離し、汚れは衣類、皮膚からはがされます。洗剤や石鹸は界面活性剤ですので、水面の表面を小さくするように働きますので、空気が攪拌されて液の中に入ってくると泡立ってきます。この泡は、皮膚や衣類と接触する際に表面積を広げますし、また、髪の毛や繊維同士の接触を緩和するので染み込みやすくして、洗剤が効き易くなります。

 ホテルや公衆の洗面所には泡だけの洗剤が出てくるところがあります。汚れを実際に落とすのは泡ですので、効果的であるといえましょう。逆に、濃い洗剤で、泡を立てないでこするだけでは、洗浄効果はあまり期待できません。

2.シャボン玉の構造

 シャボン玉の原料は界面活性剤である石鹸、もしくは洗剤を使いますが、最近は洗剤の方が増加しているようです。水に溶けた石鹸分子は液中では水と空気の界面である水の表面に集まってきて、親水基を水の方向に、親油基を空気の方向に向けています。その結果、水分子の引っ張り合いを妨害して水同士の凝集力を弱めて、表面張力を低下させます。表面張力が低下すると、水は薄い皮膜を作る傾向が出てくるので、ここにストローを挿して空気を入れると玉になってきます。

 シャボン玉が球状になるのは、液体は常に最小の表面を維持しようとするためです。

 球状というのは、同一体積の場合、表面積は最小になっております。

 シャボン玉の膜は水分子だけでなく、溶け込んでいる石鹸液も付着していますので、膜は強化されています。

 シャボン玉の膜の厚みは膨らました始めのうちは1/500mm=2ミクロンぐらいで、破裂寸前、すなわちバブルのはじける時の薄い膜になると1/200000mm=0.005ミクロン=5ナノメートルです。参考までに、俗にいうポリ袋の厚みは40ミクロン、毛細血管を通り抜ける赤血球の直径は7ミクロン、ウイルスの大きさは20~300ナノメートルです。

 シャボン玉の膜の強さは、曲率にかかわるので直径に反比例し、小さい球ほど大で、球が大きくなるほど、膜は弱くなります。バブルは大きくなるほど壊れやすいということです。

3.ビールの泡は洗浄にむくのか

 ビールの泡は液中に発生した炭酸ガスでできます。うすい水の膜が炭酸ガスを包み込んでいます。サイダーやコーラも泡は出るのですが、常圧にもどると消えてしまいます。しかし、ビールの泡はなかなか消えません。これはサイダー、コーラとビールとに液の成分の違いがあるからで、ビールの場合、麦芽のたんぱく質や糖質、ホップの苦味成分などが炭酸ガスの泡の膜に粘り気を与えているためです。ビールは発酵させているのでもともと、成分中の微粒子を核に液の炭酸ガスが気化してできております。しかし、サイダーやコーラは高圧で炭酸ガスを溶かし込んでいるので、泡の生成も基本的に異なります。

 それでは、このビールの泡は洗剤の代わりになるのでしょうか。駄目です。

 汚れを落とすことが出来るのは、泡の成分に界面活性剤が含まれていることです。界面活性剤が油と水の中に入って働けることが、汚れ落としにつながるのですが、ビールの泡の膜にはこの作用のできる物質が入っておりません。さらに、界面活性剤には、細かいところに侵入する能力がありますが、ビールの泡はせいぜい胃袋までです。

4.泡を使うのは洗浄だけではありません

 泡は洗濯や洗浄だけでなく、日常、いろいろな分野で働いております。その例を2,3ご紹介しましょう。

(1)鉱物の選別

 鉱山で掘出した鉱石を粉砕し、これを水にいれ、泡立て剤を使い、空気を入れて液を泡立てします。すると、水にぬれにくい鉱物は泡の膜について水面に浮かんできます。

無用の鉱物は大部分が水に濡れやすいので沈んでいます。浮いている泡を集めて、付着している必要な鉱物を採取します。

(2)消火器の泡

 消火器のなかには泡沫消火剤というのがあります。油や化学薬品など水のかけられないものの消火にこの泡沫型を使います。消火のためには、まず燃えているものから酸素を遮断しなければなりません。すなわち、炭酸ガスの泡で包み込むのです。空港などのジェット機火災にはこのタイプの消火器が使われるので泡でジェット機が包まれている光景をときどき見かけます。

(3)古紙再生のインク除去

 リサイクルで古紙を再生しますが、新聞紙のようにインクがついていると再生しても純白の紙は得られません。そこで考え出されたのが、インクを紙と分けて回収してしまうことです。この目的に使われるのが泡です。この場合の泡は洗剤と同じ界面活性剤が使われ、先ほどの鉱物選別と同じように、水に馴染まないインクは泡に付着させます。水によく馴染むパルプ部分は沈んでいますので、泡を集めればインクは分離し回収されます。

(4)発泡プラスチック

 ゴムや合成樹脂に泡を吹き込んで硬化させますと、スポンジや発泡スチロールができます。暮らしでは毎日、どこかで見かけている材料です。

(5)パンとソフトアイスクリーム

 おなじみの食品では、パンやソフトアイスクリームが浮かび上がってきます。これらは泡があってこそ、存在価値があります。パンの場合はフクラシ粉というものがかつては使われていましたが、今はイースト菌で炭酸ガスの泡をつくります。ソフトアイスクリームは脂肪の膜で空気を包んでいます。

<参考文献>

平澤猛男:水と油のはなし、技報堂出版、東京(2000年)
中西茂子:洗剤と洗浄の科学、コロナ社、東京(1995年)