リュウノウ

 リュウノウ菊(龍脳菊=キク科)があちらこちらで咲いております。白い可憐な花です。全草に芳香成分が含まれておりますので、いい香がただよっています。今、開花中に刈り取って、風通しのいい場所で乾燥させ、これを500gほど布袋に入れて浴槽に入れます。水のうちから浴槽に入れて沸かしますと、爽やかな香のリュウノウ風呂に浸ることができます。

 このリュウノウ菊の香りは、厳密にはここで述べるリュウノウではありませんが、香りの成分は極めて近く、時にはこの香りをリュウノウという人もいます。

 高貴な香りの代表がリュウノウ(龍脳)です。古来、わが国でもリュウノウは尊重され、医薬の世界で、あるいは香合せにおいて、リュウノウは確たる座を占め、大事にされてきました。

1.リュウノウ(龍脳)とは何ですか

 天然品はリュウノウジュ(龍脳樹=ふたばがき科)の材を水蒸気蒸留して、昇華させて冷却して結晶をえます。この結晶が本来のリュウノウ(龍脳)です。時にはリュウノウジュの幹に結晶として析出していることもあるといいます。しかし、このリュウノウジュはどこにもある樹木でもなく、資源は限られておりますので、化学的に樟脳の還元、あるいは合成法などで作られるようになりました。

 もともと、リュウノウ(龍脳)という場合はd-ボルネオールで生薬、漢方の世界で通用しておりましたが、最近は厳密には区別されておりません。英語名であるボルネオールという名称を使うことが多くなりました。

 リュウノウ(龍脳)を採取する元である植物、リュウノウジュ(Dryobalanops aromatica  Goertin. f .ふたばがき科)というのは常緑の高木で高さは50m、幹周り1~2mを超えることもあるといいます。マレー半島、スマトラ、ボルネオなどの熱帯アジアにのみ生えています。マレーシアでは1997年にリュウノウジュが切手のデザインになっていますので、国民的に親しまれている樹木なのでしょう。

 リュウノウは英語ではボルネオール(borneol)あるいはボルネオカンファーといいます。現在、食品添加物として結晶が販売されておりますが、食品添加物にはdl-ボルネオールとリュウノウの2種があります。

 食品添加物のボルネオール、C10H18O 分子量154.25 は無色透明(白色)結晶性の粉末で、特異な芳香があると記述されております。天然品であるリュウノウジュからの採取品はd-ボルネオールですが、これはほとんど入手できない状態にあるので、通常は樟脳を還元して作る場合が多いようです。

2.リュウノウの歴史

 わが国には産出しない香料であり、唐の時代から、貴重品として中国との貿易により、日本に入ってきました。奈良時代に仏教とともに到来しておりますが、量的には少なく、貴重品扱いでした。もともと「龍」という文字は仮想動物ドラゴンの意味ですが、中国では天子をあらわす場合があり、高貴なものに用いられる文字でした。たとえば「龍顔」と言えば「天皇のお顔」、「龍座」は「天皇のお席」を意味します。「龍の脳」といえば、近づきがたい存在です。それほどにリュウノウは大事にされてきました。しかし、現在の中国では「龍脳」ではなく「氷片」と呼んでいます。念のため、生薬リュウコツは「龍の骨」ですが、ドラゴンの意味であり、動物の化石です。

 平安、室町以降も、まだ量的に少なく、価格の高い輸入品と言うことがあって、リュウノウを手にすることができるのは貴族階級、僧侶、など一部の上層階級に限られていました。この時点では薫香に使われるのが大部分でした。

 江戸時代になって、いくらか、手に入りやすくなり、一部では樟脳を加工してリュウノウを作る試みもありましたが、やはり、高貴薬の上位にありました。

 医薬品の分野では六神丸のような、家伝薬的な処方にリュウノウは配合されております。家伝薬では奈良西大寺の「豊心丹」が古く、16世紀ごろから出回り始めましたが、この「豊心丹」には樟脳が配合されていました。医薬品では、主として鎮静の目的で使われていたようです。

 香の世界では、聞香(もんこう)、空薫(そらだき)などで、あるいは線香などにリュウノウは利用されていました。

3.リュウノウの効果・作用

 樟脳と化学構造は類似していますが、樟脳にあるような局所作用は弱く、中枢麻痺作用が強いのが特徴です。漢方では発汗、去痰、止痛などの目的で使いますが、それ以外に薫香料として、製剤に爽やかな香りを着けるのに使われる場合が多いようです。

 現在、内服剤では小児鎮静剤に広く使われております。六神丸、奇応丸にも使われております。「救心」では「リュウノウの薬理作用を、消炎・鎮痛作用が知られており、そのほかに防腐、抑菌作用のあることが知られている」と説明されております。

 医薬品添加剤としては、外用剤、点眼剤、歯科外用剤などに多く、清涼化剤、芳香剤として使われております。

 医薬品以外でリュウノウの香りを生かして用いられているところでは 書道の墨が目立ちます。もともとは墨製造上の原料問題もあって使われだしたのですが、墨を摺り始めるとただよい出すリュウノウの香りが心を鎮め、書に向かうときに大変このリュウノウが役に立っているといいます。  延寿湯温泉に配合されているリュウノウもこの墨と同じように、心を鎮め、リラックス効果が期待されております。

<参考文献>

新訂原色牧野和漢薬草大図鑑、北隆館(2002年)
医薬品添加物事典、薬事日報社(2000年)