湯冷めしない、身体が温まる、とは

からだが感じる温度と血流量

延寿湯温泉に配合されている生薬のセンキュウやチンピは身体を温める作用があり、生薬系入浴剤には欠かせない成分であるといわれています。

身体を温める作用とは生理学的にどのような状態、機構をいうのでしょうか。

前回には風呂の温度のことを取り上げました。今回は皮膚の温度感覚とそれに伴う血液の流れを特集いたします。

1.温度を感じる仕組み

 皮膚の構成は大きく分けて、外側から角層、表皮、真皮の3層にわかれ、その内側に皮下組織があります。入浴したときに皮膚が赤くなるのは真皮の部分です。真皮はコラーゲンという繊維のかたまりです。ここには結合組織に血管があり、小さい動脈が開いたり、縮んだりして皮膚色調の変化を起こします。通常の肌の色はこの皮膚静脈層に依存しており、これが皮膚の色を決めております。すなわち、血中のヘモグロビンの量、血流の多少によります。喜怒哀楽の感情で赤くなったり、蒼くなったりという場合もこれに該当します。しかし、人種の差で皮膚の色の違いを言う場合は別です。これは血管の影響ではなく、メラニン色素の多少によります。

 湯の中に手を入れて熱い、冷たいを感じさせる皮膚の感覚器官は真皮にあり、その知覚神経によって大脳皮質に伝えられます。古典的な見解では、感覚のそれぞれには感覚受容器があり、たとえば温覚ではルフィニRuffini小体があるというのが定説でしたが、最近の説ではこれは否定され、複雑な混合によるといわれています。

 受容器が温覚を受けると神経線維を通じて、脊髄、視床下部を経て大脳皮質に到達します。

2.身体が温まるということ

 入浴の場合のように直接、高温に接して暖かい、熱いという感覚を受ける場合と、化学物質が作用して血管を拡張させ、血流量の増加により、その結果、暖かい感覚を意識する場合があります。

 皮膚の血管は細動脈と毛細血管および毛細血管の細動脈との間に数層の小血管があって皮膚静脈層を形成しております。皮膚の温度は細動脈の拡張によって上昇し、その場合、動静脈吻合部分に多量の血液が流れます。

 皮膚の血管に作用する物質には種々あり、例えば、アドレナリン、ノルアドレナリンによって血管は収縮し、アセチルコリン、セロトニン、ブラジキニン、ヒスタミン、炭酸ガスそのほか代謝産物になどによって拡張します。

 血管拡張の結果、血流量が増加して、温かい湯に入っていると血液が体表面の熱を全身へと運び、体温を上昇させ、身体が温まるということになります。

3.皮膚温度を上昇させる入浴剤の生薬

 微小循環の血流を増加させる生薬には狭義の活血薬として、トウニン、センキュウ、タンジン、コウカ、シャクヤクなどがありますが、実際の入浴剤に血流増加を目的として配合される生薬はセンキュウ、トウキ、ヨモギ、アロエ、カミツレ、イヨカン、チンピ、ハマボウフウ、ハッカなどです。

 例えば、延寿湯温泉にはセンキュウ、カンピ(チンピ)が配合されておりますが、このセンキュウに含まれるフタライド系物質、チンピに含まれるフラボノイド系物質には明かな血管拡張作用があり、特にフタライド系物質にはカリウム拘縮の抑制というカルシウムチャネルを介した平滑筋弛緩作用が報告されております。これらの精油成分は皮膚を通じて容易に吸収されることもあって、入浴剤には広く使われております。

 皮膚血流量の増加による体内の熱の保持は舌下温上昇に影響しています。これは保温効果につながり、湯冷め防止に役立ちます。一方、別の作用機序で生薬に含まれる精油成分、例えば、延寿湯温泉のチョウジ、ウイキョウなどは精油が皮膚をコーテイングするので、身体を暖かく保ち、湯冷め防止に効果があるといいます。

4.皮膚温度を上げる入浴剤の無機塩類、炭酸ガス

 延寿湯温泉はじめ入浴剤には、通常、温泉成分である炭酸ナトリウム、あるいは炭酸水素ナトリウムのような無機塩類を含みます。これら無機塩類の配合理由はいろいろありますが、その一つに保温効果があります。その作用期機序は塩類が皮膚表面のたんぱく質と結合し、この膜が身体の放熱を防ぐためといわれております。これは厳密に言えば、体温上昇というよりも保温作用、湯冷め防止になります。皮膚表面の塩類被覆作用による保温効果といわれているものです。

 延寿湯温泉には炭酸ガス発生の作用はありませんが、入浴剤の中には炭酸ガスを発生させて、炭酸ガスの血管拡張作用を利用して血流量を増加させるタイプのものがあります。湯に溶けた炭酸ガスは、皮膚吸収で容易に皮下内に入り、直接血管の筋肉へ働きかけて血管を広げます。血管が拡張すると末梢血管の抵抗が弱まるので血圧は下がり、皮膚の血流量は増えます。

5. いわゆる「風呂酔い」と血流量

 冬の寒い時期、風呂に入るときに脱衣場所の温度が低いと、衣服を脱ぐと寒さのために末梢血管が収縮して血圧は上がります。湯に入ると、交感神経は興奮してさらに血圧は上昇します。しばらく湯につかり、身体が温まると、末梢血管は拡張して血圧が下がります。血流は緩やかとなり血流量還流が減少し、脳貧血を起こしやすくなります。

 また、長く入っていると湯の圧力(静水圧)で内臓や血管が収縮し、今度は血圧の上昇を招きます。ここで、湯船から急に出ると、湯の圧力(静水圧)がかからなくなるので、心臓への血液還流が減少し、心臓が送り出す血液量が低下しますので、脳貧血を起こす危険が出て来ます。これが、「風呂に酔う」という現象です。

 風呂酔いを防止し、安全に入浴するには次のことを守ってください。

  • 飲酒後、食事直後は避ける
  • 冬季は浴室、脱衣場の温度差を減らすこと
  • 入浴前後には十分の水分を補給すること
  • 熱い湯に長時間全身でつかることを避ける
  • 上がる時は急に立ちあがらない

 などです。

<参考文献>

  • 真島  : 生理学、文光堂 (1985)
  • 高木敬次郎監修:漢方薬理学、南山堂(1997)
  • 日本浴用剤工業会編:浴用剤文献集(2000)
  • 田上八朗:皮膚の医学、中央公論社(1999)
  • 飯島裕一:温泉で健康になる、岩波書店(2002)