浴槽・風呂桶の話
永井荷風の日記(断腸亭日乗)を読んでいると、「浴槽腐りて水漏れること甚だし」と木製の浴槽から水が漏れて、困った、困ったという記事が出てきます。1934年のことです。荷風はやがて浴槽を新品に入れ替えますが、木製の浴槽は寿命が10年ですよと、業者に告げられます。
最近の浴槽は、強化プラスチックス、ホウロウ、ステンレスが主流ですので、浴槽の水漏れという話は、まず起こりえないでしょう。材料の方はこのところ、一段落ですが、
生活が豊になってきているせいか、形が大きくなってきたり、カラフルで見栄えをよくしたり、あるいは泡の風呂とか、お風呂・入浴を楽しむという傾向が現れてきております。
今回は、最近の浴槽の話題を集めてみました。
1.浴槽の材料と特徴
(1)木製
浴槽というよりも風呂桶と呼んだほうがふさわしいのが木製です。木製にはちょうど酒樽のように湾曲の板を並べて周りを締め付ける桶タイプのものと、厚い板で四角形の箱型に仕上げたものとがあります。今日の家庭の一般的な浴槽は後者の形式です。
木製の浴槽の特徴は材料となる木の香りで、馥郁たる木の香りが湯に漂うのは贅沢な感じすらします。森林浴気分というのがうたい文句です。もう一つの特徴は、金属、プラスチックにあるひやりとした感触がなく、軟らかい肌触り、暖かみなども木質ならではと言えましょう。湯が冷めにくいともいいます。
和風の日本旅館などは、豪華なヒノキ風呂を設置して宣伝材料に使います。それだけに、木質浴槽は昔からの伝統を受け継いで、わが国では大事にされてきたことがわかります。
使用される木材はヒノキ、サワラ、マキなどで、いずれも油分に富み、香りのいい針葉樹の木目のまっすぐな板が通常は使われます。
木製は手入れがわずらわしいといわれております。浴槽を乾燥させすぎると、漏れにつながり、逆に湿らせたままでは、不衛生になることがあります。洗浄も簡単ではありません。耐久性の劣ることなども欠点になります。価格は安いのと高いのとが極端であり、種類によってかなり異なります。
(2)プラスチックス
熱に強く、強度がないと浴槽としては持ちませんので、プラスチックスといっても、強化プラスチックスという特殊な材料が使われております。
強化プラスチックスには、FRP、FRAと人造大理石とがあります。 FRP(fiber rein-
forced plastic)とはガラス繊維強化ポリエステルであり、ポリエステル(PETペットボトルの材料です)が主材料です。FRAはポリエステルがアクリルになったものです。人造大理石というのは、これらのFRP、FRAを材料として用い、デザインで工夫したものです。
FRPとFRAの違いは次のとおりです。
FRP:普及品で広く使われている。軽くて強い。傷がつきやすい。安い。
FRA:透明感があり色彩が美しい。形にデザイン性を持たせる事が出来る。軟らかく傷つきやすい。価格は高い。
人造大理石:肌触り良く高級感がある。価格は高い。
プラスチックスの場合は一体成型という方法で作られますので、継ぎ目はありませんし、
金型に流し込んで成型するので、デザイン上、丸型、花形など変化を持たせることが出来ます。
(3) 金属・ホウロウ
金属系統ではステンレス浴槽が広く普及しております。このほかに、ホウロウ製も多く見られます。
ステンレスは手入れが楽で、耐久性もよく丈夫です。デザイン的に金属らしくしないように、カラーステンレスとか柄をつけたものもあります。金属感触が冷たいのが欠点であるという人もいますが、逆に肌触り抜群というタイプもあります。保温性は良好です。価格は安いほうです。
かつては五右衛門風呂といって、単純に鉄の鋳物で作った浴槽がありましたが、最近はめったに見られませんが、ときどき古い農家などに置いてあることがあります。五右衛門風呂は板に乗って、これを沈めつつ湯に浸かります。石川五右衛門が安土桃山時代に風呂の釜茹でにて処刑されたというので、名前の由来がありますが、五右衛門風呂そのものは江戸時代以降のものでしょう。
金属系統では、ホウロウ製も広く普及しております。ホウロウでは、鋳物ホウロウ、鋼板ホウロウとがあります。金属の表面をガラス質のもので覆い、鉄に耐久性を持たせ、外観を美麗な感じにしたものです。耐久性はよいのですが、衝撃に弱いのが欠点です。
金属の浴槽一般では、湯を抜いた後、浴槽をきれいさっぱり乾燥することができますのでので、衛生的であるということがいえます。
(4) 大理石
古代ローマの浴場といえば、大理石です。今日も浴槽の最高の材料は大理石ですが、天然の大理石は、一般家庭用には少なく、最近はほとんどが人造・人工大理石です。この人造大理石の材料は先のプラスチックスのところで述べました強化プラスチックスに属します。大理石の浴槽は非常に高価ですので、人造大理石で代用することがあります。代用といっても、人造大理石の浴槽は、これまで述べてきたうちでも最高の部類に入りますし、優れたデザイン、ユニークな形などで受けており、高級浴槽のトップの座を占めております。
(5)陶器・セラミックス・タイル
鉱物系統というか、陶磁器を材料とした浴槽も小数ではありますが、出ております。家庭用というよりも、コンクリート、タイルは大浴場に見られます。陶器の浴槽はたとえば、甲賀にはあり大きなカメの感じですが、趣味の域を出ません。
家庭用では耐久性を改善してもっと堅牢なセラミックスを使う場合があります。保温性もよく、また、日日の洗浄も割りに手間がかからないのが特徴ですが、これも衝撃に弱いのが欠点です。
2.湯の沸かし方・給湯と浴槽
ここで紹介した最近の浴槽は、ほとんどがボイラー、室外にて沸かした湯を給湯するタイプになっております。直接、浴槽の下から加熱する方式は五右衛門風呂などに限られております。給湯式ではなく、浴槽と風呂釜を連結して湯を循環させる方法は、今も多く見られます。給湯器方式の出現まではほとんどがこのタイプでした。
加熱・給湯方式と浴槽との関係は、浴槽につけられた給湯口にて、区別されます。たとえば、直火方式ですと、釜を兼ねているので、給湯口はありません。浴槽と風呂釜を連結して湯を沸かすタイプでは、上下に二つの穴が開いて、上の穴から高温の湯を、下の口から、冷たい湯を吸い込んでいます。
ボイラー、室外の湯沸し器から湯の供給されているいわゆる給湯方式の場合は、通常は1穴で、浴槽には給湯・吸引調整口がついていて、熱い湯の補給と冷たい湯の排出とをこなしております。これが、二つの穴でなされている場合もあります。
3.浴槽の形と新しい機能
浴槽の形には「和風」「洋風」「和洋折衷」の3種があり、リラックスできるとか、安全のこともあってか、最近は浅い浴槽に移りつつあるようです。「和風」浴槽の深さが、約60センチで座れば肩まで浸かることができます。洋風は深さが40センチで、肩までは漬かれませんが、足を伸ばしてゆったりすることができます。この場合は通常、洗い場は設けないで身体洗い、シャンプーシャワーなどは浴槽内で行います。「和洋折衷」は深さが50センチあり、和風、洋風の特徴を活かして、肩までつかることができ、足を適当に伸ばすこともできます。
浴槽の新しい機能では、魔法瓶のような構成にして冷めにくくしたものがあります。4~6時間たっても次の人は追い焚きが不要といいます。このほかに、水中照明型といって、まるで水が輝いているようで幻想的な雰囲気が心の疲れを治すというタイプ、浴槽の側面から水と空気の噴出によって筋肉をほぐし、マッサージ効果のあるタイプ、全身を泡で包むタイプなどいろいろ工夫の施された浴槽が市販されております。
浴槽に漬かっていてスチームミストにあたり、たくさん汗の出るようにした「発汗浴」という浴槽があります。このような多機能浴槽は材料に高価な人造大理石を用い、60万~100万円という価格がついております。参考までに、ステンレス浴槽は5万~10万円です。
4.入浴剤 延寿湯温泉と浴槽
高価な浴槽をいつまでも丈夫できれいに使うために、入浴剤の使い方には注意する必要があります。しかし、一般的に、入浴剤は全身の皮膚に長時間接触しますので、成分は穏やかで浴槽を害するような激しい作用の物質は含んでおりません。ただし、冒頭にも書いたように、いつまでも丈夫できれいに浴槽を使うためには、次の点に気をつけてください。これは生薬配合の「延寿湯温泉」を前提にします。
① 浴槽の着色:木質の場合、長く湯を入れたままにしておくと、着色することがあります。防止のためには、用済み後の湯は早めに落として、きれいな水で浴槽を洗います。
② 光沢を失う:大理石の場合、天然・人造にかかわらず、本材料の生命である光沢を失うことがあります。入浴剤の使用は差控えます。
③ カルシウム塩結晶の付着:長時間、用済み後の湯を落とさないで放置しておくと、浴槽に結晶が付着することがあります。特に浴槽がプラスチックスのFRP・FRAのような強化型プラスチックの場合、および木質の場合に付着しやすいようです。表面がやや柔らかいため、洗浄しにくいということもあります。ただし、結晶の析出は、カルシウム分の多い水に出やすいので、水質によって、すべてに問題ありとは必ずしもいえません。
防止のためには、用済み後の湯は早めに落として、きれいな水で浴槽を洗うことです。クエン酸のような穏やかな酸にて拭くと、取れやすい場合もあります。
金属系統の浴槽はもともと結晶が付着しにくいし、たとえ付いても洗浄が簡単です。