レジオネラの話

 レジオネラというのは、銭湯や温泉など公衆浴場で話題になる細菌、症状かと思っておりました。ところが、先日、浴槽の洗剤を買いに薬局に行きましたら、レジオネラを退治しますというキャッチフレーズが出ていたので、びっくりしました。家庭の風呂場にもレジオネラは現れているのかと、やや心配になりました。

 レジオネラというのは、いったい何者か、それが今回のテーマです。

1.レジオネラとは一体、何者か

 レジオネラというのは細菌の一つのグループ・属名の名称です。細かいことをいえば、レジオネラ菌という名前の細菌はいませんので、通常、厳密に言う場合には「レジオネラ属菌」といって細菌のグループで呼んでおります。しかし、一般に話題にする場合はレジオネラで十分です。

 レジオネラ属菌という細菌は、土の中や河川、湖沼など水のある場所に好んで棲みついていて、自然界には広く棲息しています。歴史的にはつい先ごろ、1970年ごろまでは赤痢菌やコレラ菌のような病原菌としては扱われていませんでした。

 レジオネラの菌は好気性のグラム陰性桿菌で細長い形をしております。一般の細菌検査の培地にはまったく発育しないので、培養はむつかしく独特の培地がいります。レジオネラ属の細菌には現在は全部で43種が見つかっております。

 レジオネラの菌は発育の遅いのが特徴の一つで、大腸菌ですと2倍に増える時間が15~20分ですが、レジオネラの菌は4~6時間かかります。また、レジオネラの菌の水中での生存ですが、浴槽の水を室温とし、この環境で育てると、50日たっても菌数は減らなかったといいます。それぐらい、この菌は水に強いのです。

 菌が死滅するのは60℃です。

2.レジオネラの感染症と治療

 1976年の夏、アメリカ フィラデルフィアのホテルで開催された在郷軍人の会合に参加した人や、その付近の通行者に原因不明の肺炎が集団発生しました。これが、レジオネラ感染症のはじまりです。レジオネラという名前は、この在郷軍人の英語名(=legionnaire)からきております。感染症はlegionnaire’s disease といい、在郷軍人病とも訳します。

 病原菌として注目をあびたのがこの時点であったのです。

 レジオネラ感染症は症状としては、肺炎の起きる型と、風邪のような発熱・頭痛型との2種類があります。肺炎型というのは、肺炎の症状が出るのですが、重症です。はじめは発熱、倦怠感、筋肉痛、下痢などが現れて、その後、数日以内に呼吸器疾患の症状が出ます。肺炎の進行は速く、手遅れになると死亡率は高く4割が死亡します。

 先ほどの、アメリカ フィラデルフィアのホテルでのレジオネラ感染症は221人がかかり、29名が死亡しております。

 風邪様の熱型は、風邪と類似しており、悪寒を伴う発熱がありますが、通常は5日以内に治り、死亡例はありません。ただし、物忘れや集中力の低下が長く続くことがあります。

 レジオネラ感染症は、はじめの段階では怖い病気と見られておりましたが、最近では、レジオネラ感染症にかかる人は高齢者か幼児、入院患者など、免疫力の低下している人で、健康な成人にはまず、関係はないとまでいわれております。

 日本でのレジオネラ感染症は最近の14年間に86例あり、全国的に発生していて、10余名の死亡例が出ております。 

 肺炎の場合は、通常の肺炎と同じ治療が行われますが、一般の抗生物質は効きません。

 結核の治療に使われるリファンピシンのような特定の抗生物質のみ有効です。

3.どういうところで感染するか

 レジオネラ属菌の好きな場所はたまった水のあるところです。流れる水とか、激流の谷川、など、絶えず水の動いているところにはレジオネラ属菌棲みつきません。

 わが国で発生しているレジオネラ感染症は、確かに大きな入浴施設、温泉で発症という例が多いようですが、これらの集団発生事例を見てみると、次のような例があります。

*1994年 東京都 45名罹患 民間研修施設でこの空調の冷却塔の水が原因
*1996年 東京都の病院 新生児3名 1名死亡
*2000年 ・静岡県 レジャー施設の温泉 23名罹患 2名死亡    ・茨城県 総合福祉施設で入浴 45名感染 3名死亡
*2002年 ・宮崎県 入浴施設 295名罹患(疑い含む)、7名死亡    ・鹿児島県 入浴施設 

 最初の東京都の例は空調施設ですが、これはアメリカのフィラデルフィアのホテルの場合と同じで、空調施設が発生源になっておリます。東京都以外の例は、すべて入浴施設にて感染しております。そのほか、全部が水にかかわりのある場所となっております。

 20℃~40℃の水が通常棲息する温度ですが、50℃でも増殖するといい、このあたりが限界のようです。生あたたかい水のたまっている場所、停滞した水・湯のあるところが菌の繁殖に向いているようです。

 浴場以外で、野外の水にかかわりのある施設でレジオネラが問題になる所では、水の細かく飛び散る噴水が、時に問題になりますが、患者の発生にはいたっておりません。また、プールはレジオネラのみならず一般細菌の衛生管理が行き届き、消毒が頻繁に行われるので、繁殖はまずないと、いわれております。

 浴槽の水からのレジオネラ検出の様子を見ると、試料に対する検出の比率は次表のとおりで、24時間風呂とか、循環型の風呂では検出されておりますが、24時間以内に古い湯を捨ててしまう家庭の一般の風呂では検出されていません。

<施設別レジオネラ 検出比率>
個人24時間風呂     50~82%
特養施設24時間風呂  62%
公衆浴場       40%
特養施設循環風呂   30%
個人一般風呂      0

4.入浴剤と塩素殺菌剤

 一般に入浴剤はアルカリ性で、延寿湯温泉も例外ではありません。金属製の風呂釜や、給湯器などが、入浴剤で冒されないのは、このアルカリ性のためであると、述べてきました。しかし、このアルカリ性であることは、レジオネラを殺菌するために用いられる塩素製剤と入浴剤とが反応して、殺菌力を弱めてしまうことがあります。たとえば、中性に近い酸性のpH6の場合、殺菌剤の次亜塩素酸は97%が有効ですが、弱アルカリ性のpH7.5になると次亜塩素酸は50%に減ります。さらにアルカリが進み、pH9.0 になると3.1%と次亜塩素酸ほとんど消えてしまい、殺菌効果は落ちてしまいます。

 入浴剤の使用は、この点を注意する必要があります。

 ただし、何回も申し上げるように、一般家庭の風呂では、通常は24時間以内に湯を捨てるので、レジオネラは存在しません。殺菌の心配は無用です。

 温泉の場合、あるいは湯を循環させる大浴場などでは、塩素製剤の殺菌効果を高めるために、湯のpH管理 には注意する必要がります。

5.レジオネラ症を予防するには

 ここでは、24時間循環式の風呂をご使用されている場合、あるいは施設、温泉を利用される場合での注意です。しかし、営業の入浴施設は最近は消毒管理が行き届いているので、まず大丈夫です。レジオネラ感染症の報道もこのところめっきり減りました。

 それでも一応、一般的な感染予防法を述べておきます。

 レジオネラ菌の感染は、汚染された水を吸い込むことによって起こりますので、

  • 水をためない、水を汚染させない、
  • 汚染水を飛ばさない、吸わない

これが基本です。

もう少し具体的に注意事項をあげれば、次の点です。

  • 水をためない 使用済みの水、湯は早めに流す
  • 湯を残すのであれば 60℃ 以上にしておくことが望ましい
  • 汚染の心配があれば、消毒すること、塩素系薬剤を使う
  • 汚染水を吸い込まないためには シャワー、打たせ水は使わない

気泡発生装置も好ましくない

  • 水をためる施設は定期的に洗浄する

 冒頭にも触れたのですが、家庭の一般の風呂は通常は24時間循環式ではなく、使えばすぐ湯を流すので、汚染の心配はありません。これは入浴剤 延寿湯温泉を使用したときも同じですが、湯を使った後。浴槽の湯はすぐ流す、それが衛生的にも、また、浴槽をきれいな状態に保つのにも最適なのです。

<参考文献>

全国レジオネラ対策会議資料 厚生労働省健康局生活衛生課(2002年)
東京都福祉保健局 衛生安全研究センター ホームページ資料(2007年)