浴槽の手入れ

 浴槽と一言でいっても、いろいろの種類があります。以前に本紙の第33号(2006年5月号)にて、浴槽の材質を取り上げましたが、それを復習しつつ、浴槽の手入れと洗浄について特集します。

 この浴槽の手入れは、浴槽の材質によって大きく左右されますので、対象となる浴槽の材質は、しっかり把握しておいてください。

 浴槽の材料は、粗く分けると、木・プラスチックス・金属・石の4種であり、それをもう少し詳しく見ると、次のようになります。

①木材(ヒノキ、サワラ、コウヤマキほか)
②金属(ステンレス、鋳鉄・鋼板ホウロウほか)
③大理石・石材(天然素材)
④陶器・セラミックス、タイル (焼き物・鉱物焼成品)
⑤プラスチックス(ポリエチレン、ガラス樹脂強化プラスチック・ポリエステル=FRP)

 これらの中で、手入れ、洗浄に一番手間のかからないのがステンレス、次いでプラスチックスですが、どれもこれも材質に一癖あって、一筋縄ではゆきません。

1.木質の浴槽

 家庭用の風呂といえば、風呂桶という言葉が一般にあるように、江戸、明治を経て昭和の40年代までは、桶=木質が主役でした。ステンレスの浴槽は昭和の30年代、1956年に公団住宅に設置されたのが最初です。これが、木質からステンレスへと置き換わってゆく始まりです。ステンレスとほぼ同時代に、プラスチックスの材料も現れ始めます。

 木質の場合、はじめは桶の形式で小判型のものと、平板でつくる箱型のものとがありましたが、浮世絵に残る江戸時代の浴槽は風呂桶がはるかに多かったようです。作りやすかったのでしょうか。今日では、木質の浴槽の多くは、どちらかといえば、趣味の域にあって、ぜいたく品ですので、ゆったりした箱型のほうが多く見受けられます。

 木質は木の香りを非常に大事にします。特にヒノキ、ヒバ、コウヤマキの場合はそれが生命でもあります。さらに、木質の特性である色、木目の美しさも見逃せません。したがって、浴槽の手入れでは、これらの木の香り、色をいかに保存するかにあります。

 木材は長く湿気に曝されていると、材質の特性が失われ、腐敗へと進行し、黒カビの発生もあります。手入れには適度の乾燥が必要ですが、過度の乾燥は、これまた逆効果になります。長期間、浴槽を使用しないときには、湯を抜いて乾かした後、バケツに水を入れてふたをしておくようにと、メーカーは注意しております。木質の場合は、吸着というか、木材の微細な穴に浴液、汚物が入り込みます。これが一つの欠陥であるため、たわしなどで丁寧にこすり、洗うことですが、最近は、この微細な穴に入り込まないように表面処理して微細な穴をふさいでしまうこともあります。

 手入れでは、入浴後その都度、早めに湯を抜いて浴室の換気をすることが望まれています。しかも、タオルで水気をぬぐっておくことです。早めに用済みの湯を抜き、湯とともに浴槽内の汚れの物を洗い流しておくというのは、どの浴槽でも共通であり、浴槽手入れの基本ですが、木質の場合のみ、浴槽そのものに乾燥が求められます。他の材料では、こういうことはあまり問題になりません。

 たとえば、ヒノキの浴槽は水漏れの保証が5年ぐらいですが、この時期になると、ヒノキも大分傷み、あめ色に変色してきたり、黒カビが出てきたりもします。ヒノキの浴槽メーカーは、「まったく掃除しなくても美しいまま使える浴槽なんてありません」「年月の経過に伴う汚れについては、保証の対象外です」と、手抜きを戒めています。

 浴槽のカビ、あるいは変色に漂白剤を使うことは好ましいことではなく、着色するまでに放置しないで、それを防止するのが基本であり、上述のように早めに湯を抜いて乾かすことが先決であると説明しております。不幸にして、黒カビの発生、あるいは着色に気づいた場合は木質の侵された表面をこすり取る目的で、表面を研磨剤系洗剤で洗うことになります。ひどいときは鉋で削り取ることもあります。この場合、注意することは、最近は既述のように表面処理をして木質部にプラスチックスを染み込ませて耐久性を向上させた材料があるため、この材料には研磨剤系洗剤の使えない場合があります。種類の確認が必要です。この表面処理した浴槽は、もともと着色したり、カビの発生することは少ないようです。

2.金属系(ステンレス、ホウロウ)の浴槽

 1953年ごろに出現したステンレス浴槽は、風呂の技術革新として、風呂場のイメージを大きく転換させました。ステンレス浴槽は強度と言うか、耐衝撃、耐久性という点では、まさに革命的で、さらに、汚れにくさ、洗浄のしやすさ、それに伴い衛生的であることは木質浴槽の欠陥を塗り替えました。

 手入れの簡単なことが、このステンレス浴槽の特徴なのですが、やはり排水後、こまめに拭き取ることは肝要であり、ずぼらをしないことです。

 浴槽の汚れと言うと、大部分は垢、石鹸かす、皮膚のはがれなどの付着で、微生物の栄養分にもなります。これは金属表面にも付着しますが、風呂用洗剤がもっとも効果的に使える場面です。使用済みの落とす湯で浴槽壁をスポンジで洗いつつ、流してしまえば、無機物の結晶が付着することは防止できます。不幸にして結晶付着が発生していることに気づかれた場合は、擦り取るか、酸性洗剤によるか、いずれかを選びます。クエン酸や酢酸を染み込ませたスポンジたわしが出ていますが、ざらつく結晶の除去にはやや時間のかかることがあります。

 最近は金属表面をソフトにカラーコーテイングしたステンレス浴槽が出回っております。金属の冷たい感じを取り除き、暖かい柔らかな感じが出ております。この場合、無垢のステンレスと同様に研磨剤入り洗剤でごしごしすることには問題がありそうです。浴槽の注意に従ってください。

 ホウロウと言うのは、本体は鋼板または鋳鉄であり、強度のあるガラスで包んでおります。最近のホウロウ浴槽は鋼板で、たとえば、タカラスタンダードの高品位ホウロウは、強度に特に配慮されており、ごしごし金属たわしでこすっても大丈夫と説明しております。ただし、銘柄によっては異なる場合もありますので、鋼板ホウロウすべてに共通とは限りません。

3.大理石・石材の浴槽

 天然の大理石浴槽はこのところ、減少気味のようです。この天然大理石というのは、化学的には炭酸カルシウムであり、大理石浴槽は入浴剤「延寿湯温泉」はじめアルカリ系入浴剤によって表面の光沢が失われる恐れがありますので、入浴剤は使用できません。  

 大理石は表面が比較的軟らかいので、粗い研摩剤洗剤は使えませんし、プラスチックスのスポンジたわしにも傷をつけるものがあります。なお、人工大理石の浴槽と言うのは、通常はプラスチック製で、アクリル樹脂を使っているものが多く、天然とは別です。

 石材と言うと化学的に安定しているかのごとくですが、大理石や石灰岩は無機化学の材料になるように化学的には意外と弱く、アルカリ性・酸性洗剤で表面の光沢が落ちたりすることがあります。また、柔らかい石材では強く磨くと、表面に傷がつきます。大理石以外の石製では値段が1千万円するものもあって、御影石ほか、いろんな石材を用いた浴槽が散見されます。なかには鉄分が含まれているので着色に注意してくださいという石材もあります。手入れに当たっては、石材の種類を確かめ、使用上の注意に従い、方法、洗剤を選んでください。

 陶器の浴槽もありますが、これは強度に欠陥があって据付も難しく、しかも高価ということもあって、一般には普及しておりません。手入れ・洗浄には茶碗や料理容器と同様に考えれば、扱いにくいけれども、この面では楽な素材になります。

 強度の大きいセラミック製もあります。現在は少ないようですが、この場合は、洗剤の使用、磨きなど手入れには寛容になっています。

4.プラスチック浴槽(FRP

 最近の浴槽の大部分はFRPによるプラスチック浴槽です。この材料は1954年にアメリカで開発され、国産第一号は1957年に東洋陶器㈱にて製造・販売されています。

 家庭やホテルの浴室をユニット化する動きがあって、このFRP浴槽は、最適と評価されユニットバスの普及とともに早々から大きく伸びました。

 FRPの素材はガラス繊維とポリエステル樹脂(PET)なのですが、ここに上述のアクリル樹脂の人工大理石も加え、樹脂浴槽と一括して称する場合があります。樹脂製はこの20年で浴槽の主流となりました。

 家庭用浴槽の材質は、やや古いデータですが、全体の比率は次の表のとおりです。

合計  樹脂 ステンレス ホウロウ

1975年 208万台 47.9% 24.6% 27.5%

1995 年  81.6万台 71.7% 0.3% 8.9%

 この表は、TOTO出版による「お風呂考現学」によりますが、家庭用浴槽の総量が減少しているのは、浴室ユニットという、ホテルにてよく見かける浴槽と浴室が一体化されて据え付けられるタイプが急増しているからです。このユニットの場合はFRPによる樹脂浴槽が多いと思われます。

 さて、このタイプの手入れですが、不要の湯を早く落とし、その場合、落とす湯で十分、浴槽内の汚れを洗い流すことです。湯を抜いた後は、シャワーの湯をかけ、タオルのような柔らかい材質の布、あるいはスポンジで拭いて、水分を取っておきます。乾燥させるのは、浴槽の保護と言うよりも、浴室全体のカビ発生を防止することを目的としております。

 メラミン樹脂の付着したスポンジは表面に傷のつく恐れがあるというので使わないようにとメーカーは注意しております。

 浴槽用のクリームクレンザージフ バスクリーナーは、いわゆる浴室用の研磨剤入り洗剤であって、浴槽メーカーは推奨しております。しかし、研磨剤入りのクリームクレンザーは、しつこい汚れには最適なのですが、強くこすりすぎると表面に傷のつく場合、あるいは表面に光沢の出過ぎることがあり、使いすぎには要注意となっております。

 磨き砂、粉末クレンザーのように、粗めで、こすって汚れを取る材料は傷つきの原因となるので、使用できません。表面に傷がつくために、使っていけない材料はこの粉末研磨剤系以外に硬いスポンジ、金属たわし、ナイロンたわしなどがあります。

 酸性のきつい洗剤は、たとえば、サンポールのようにトイレの掃除などに使われている洗剤は浴槽向きではありません。結晶の付着したとき、クエン酸や酢では穏やか過ぎるので、強い酸性の材料を要望される場合がありますが、やや時間はかかるものの、できるだけ穏やかなクエン酸配合の浴槽用酸性洗剤の使用をお奨めします。また、酸性やアルカリ性と表示している洗剤には、FRP樹脂を着色してしまう心配がありますので、使用後はすぐ洗い流すなどの配慮がいります。トイレと違って風呂では酸やアルカリ液の身体付着の心配があるため、性質の強いものは、できるだけ使用を避けるべきです。

 接着剤や粘着テープによるしつこい汚れには、シンナー、アセトンのような有機溶媒を使うことがあります。表面が鉱物でガラスや金属には効果的ですが、FRPのようなプラスチックスには使用できません。有機溶媒はプラスチックスに浸透して着色させたり、表面を劣化させることがあります。浴槽には有機溶媒を近づけないことです。

 FRPの浴槽そのものにはカビが生えて黒くなるようなことはまずありませんが、浴槽と壁面、床との間隙にコーキング剤(充填剤)を詰めたとき、ここにカビの生えることはあります。カビにはカビとり剤が効果的です。FRP浴槽は化学的には強い材料であり、これが直接カビ取り剤に冒されることは少ないのですが、変色防止のため、長時間の接触は避けたほうが安全です。カビ取り剤というのは、目的外のものに付着した場合は、すぐ洗い流しますが、狙っている黒カビのある場所に散布した場合、すぐ水で洗い流してしまうと効果はなく、20~30分ほっておきます。なお、風呂場のカビについては、本紙35号(2006年7月)にて特集しておりますので、ご覧ください。

 最後に、くどいように申し上げますが、浴槽の手入れの基本は、

①用済みの湯は早めに落とす
②その湯を使って、汚れ物が浴槽壁面に付着して残らないよう浴槽洗剤で洗う
③最後に、シャワーのきれいな湯をかけて、拭き、乾かしておく

 ことです。着色、結晶の付着はこれにて通常は予防できます。

 入浴剤 延寿湯温泉は、天然素材の生薬粉末が材料であり、無機塩類も入っておりますので、着色、結晶付着には余計にご注意いただきたく、くれぐれも防止にご配慮ください。

<参考書>

江夏弘:お風呂考現学、TOTO出版(1997)
早川美穂:お風呂大好き、生活情報センター(2004)