石鹸で洗うということ

水と油というと仲の悪い代表のようで、これらはそのままでは決して混じり合いません。

この二つを混ぜて激しく振っても始めのうちはまじわっても、しばらくすると油と水の2層に分かれてしまいます。ところが、ここに石鹸水が加わると、水と油はたやすく混じりあい乳濁します。これが石鹸の大事な働きである界面活性作用です。

サラダドレッシングを作るとき、酢と油とは混じりあいませんが、卵黄を加えるときれいに混じりあいます。これも同じ現象です。

延寿石鹸の基礎材料になっている油脂は精製牛脂と精製ヤシ油です。この二つの油脂はまさに石鹸のためにあるような素晴らしい洗浄能力を発揮します。いくらかわずらわしいかもしれませんが、化学の領域で油脂の洗浄力というものを見てみましょう。

1.普通の油とは何処が違うか

 油脂というのは液体である「油」と固体である「脂」の両方をいう場合に使われます。油脂に共通しているのは分子の構造です。いずれもグリセリンと脂肪酸の結合した分子にて構成されております。化学的にはグリセリンの3個の水酸基がすべてエステルとなったトリグリセリドであるといいます。

RCO―O―CH2
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RCO―O―CH
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RCO―O―CH2
脂肪酸部 グリセリン部

 どの油脂でもグリセリン部は共通しておりますが、脂肪酸部のRCOのRは異なっており、この部分の中身によって脂肪になったり、油になったりします。

 ヤシ油、あるいは牛脂というのは、他の油脂と同様に一つの脂肪酸分子で出来ているのではなく、数種の分子が混じって出来上がっております。

 牛脂は炭素数の多い高級飽和脂肪酸を含むので、この場合は常温で固体になります。ヤシ油と牛脂の脂肪酸の中身をみてみると、次のような構成になっております。

脂肪酸  ヤシ油  牛脂    
C8          6%   - %
C10   7    0
C12  51      0
C14  18       3     C16   8 27
C18:0   3   18
C18:1   7    41
C18:2   1     3

 この表でC8というのは CH2-CH2-CH2-CH2-・・・・と炭素が8個つながった長い分子であることを示しております。石鹸の分子はこのように長く1列につながっており、その端が水になじむ親水基の分子、反対側が油になじむ親油基の分子がついているのが特徴です。ちょうどマッチ棒のような形状にたとえられ、膨らんだ部分が親水基、軸の部分が親油基にあたり、このマッチ棒が洗浄作用を発揮します。

 これらのヤシ油や牛脂に含まれる分子の性質で顕著なのはケンカ化価という石鹸になりやすい性質が際立って大きいということです。化学的にはアルカリ加水分解反応を起こす傾向をいいます。たとえば、このケンカ化価は、大豆油は188~196、オリーブ油は185~197ですが、ヤシ油は245~271、牛脂は190~202であり、この数字が大きいほど石鹸になりやすいのです。この性質が大豆油やオリーブ油などの食用油と石鹸用油脂との違いをあらわしております。

2.石鹸の洗浄作用

 石鹸を水に溶かすと、水の表面張力は著しく下がります。表面張力というのは面の上に液体を滴下させたとき、水銀のように球状になる場合が最も表面張力が高い状態で、逆に平たく膜状に広がるのが表面張力の小さいときです。石鹸のように液体の表面張力を弱める性質を界面活性作用といいます。空気と石鹸水溶液との間の表面張力が減少すると、水溶液は球状にはならないで薄い膜を作りやすくなるので、微細な隙間に入り込むことができます。シャボン玉のように空気を包み込んだ石鹸の泡は簡単に消えないのは一つには、この膜を作る性質によります。

 石鹸の分子が皮膚の汚れを落とす作用は次のような過程を経ます。

  1. 皮膚表面に付着している油性の汚れに石鹸分子の親油基がくっつく
  2. 油汚れを石鹸分子が取り囲む
  3. 石鹸分子の親水基がこの汚れ物質を水中に引っ張り出して、皮膚から離す
  4. 汚れの落ちた皮膚には親油基がついて膜をつくり、再汚染しないよう保護する。

 汚れを落としやすくするには、ただ石鹸水に汚れたものを漬けておけば良いのではなく、これに物理的な力が加われば洗浄効果は一層高まります。

 泡立ちが汚れを落としやすくするというのは、泡の膜が汚れに付着しやすく、また隙間にも浸透しやすくなること、さらに汚れ部分を表面から引き剥がすのにも効果あるからです。一部の温泉で、あるいは硬水の場合、石鹸は泡立たず、洗浄力を失います。これはカルシウム、マグネシウムなど金属イオンと石鹸分子とが反応して水に不溶のカルシウム石鹸やマグネシウム石鹸を作ってしまうためです。

3.合成洗剤と石鹸の違い

 洗浄に重要な界面活性作用というのは、合成洗剤にも顕著にみられます。もともと、天然素材であるヤシ油や牛脂が不足した時代に、これらの天然素材を使わない代用洗剤として石油を原料として作り出されたのが合成洗剤です。合成洗剤はとくに強力な界面活性作用を持ち合わせており、洗浄力も優れています。

 石鹸と合成洗剤と異なるところは、石鹸の界面活性作用はほどほどであり、次第に分解して効果を失うこと、また、濃度で著しく作用が弱まることなどです。しかし、合成洗剤は界面活性作用の大きいことに重点をおいておりますので、なかなか界面活性作用は弱まりません。洗濯の廃液が河川に流れ込んだとき、いつまでも泡が消えないというので、環境問題になったこともありました。最近はビルダーという補助剤などを加えて洗浄力を調整しているようです。

 合成洗剤の脱脂作用は強く、浸透力も強いので、皮膚の表面をかさかさにしてしまうこと、あるいは毛髪のたんぱく質ケラチンを痛めつけることなどが、時には話題になります。

 石鹸は確かに脂肪を取り除く作用はありますが、逆に皮膚を保護する作用も持ち合わせております。石鹸には合成洗剤ほど強く脱脂作用の働くことはありません。一つには石鹸の脂肪酸が複数含まれており、それぞれが異なる作用を示すことにもあります。

 ちょうど、インスタントコーヒーでコーヒーのエッセンスのみを味わうのが合成洗剤で 、豆から煎りだしたコーヒーでまろやかさを味わうのが、天然素材の石鹸で洗うことになるでしょう。

エピソード:石鹸のはじまり

 石鹸がそもそも作り出されたのは初期のローマ時代で、当時の人が宗教行事でいけにえの羊や山羊が焼かれたとき、その脂肪が木の灰に含まれるアルカリ性物質と反応して石鹸の出来ることを知り、これが世界に広まったのであるというのが定説のようです。

 延寿石鹸は今日も連綿と牛の脂とアルカリとで作られています。